備忘録

A.B.C-Zと、魔法少女と、サブカルチャーなど。

「男に頼らず生きていく」という言葉の矛盾

「男に頼らず生きよう」とか
「男の評価ばっかり気にするの、ダサい」とか
「性に開放されて、自分らしく」みたいな
そういう言説についてモヤモヤした気持ちがあった。

ふと、それを紐解いて考えてみる。

人間は中々どうして一人では生きていけない。
日々食べるお米は他人が育てたものだし、
そもそも私という存在は母親がいなくては存在し得ないし、
何もそんな壮大なこと言わなくても、
社会人が仕事をするには、仕事相手がいなくては成立しない。
人間は一人では生きていけない。

人には、認められたいという欲求がある。
その大きさはそれぞれだけど、
誰かに「頑張ったね」と褒められるだけで嬉しい。
誰かに無条件で抱きしめられたい。
誰かに手放しで愛されたい、必要とされたい。

この誰か、の話。
誰か、とは、自分の心地いい誰かである。
極論、すっごく嫌いな上司から褒められても
「は?今更何言ってんの?」となる。
自分の心地いい誰か。

最初の言葉に戻る、
「男に頼らず生きよう」という言葉って
心地良い誰かが「男性」であると決められた時代の言葉だ。

人は誰かに頼って認められてなんとか生きている。
自分の心地いい誰かは、
男性かもしれないし、女性かもしれない、異性かもしれないし、同性かもしれない、
動物かもしれないし、知らない人かもしれない、生き物じゃないかもしれない、たとえば趣味とか、これからはロボットとかも。

何かに頼らざるを得ないことは、人間認めなくてはいけない。
じゃないと辛い、とても辛い。
「男に頼らず」って言葉は、性に縛られた言葉だから、これまた辛い。

生物学的に考えると、って考えも浮かんだんだけども、今。
でも、せっかく人間に生まれたんだからね。
倫理を持った生き物だから。

自分の愛する存在に頼って生きる、
ということを許容したら楽になれる。
そうして、私は自分の心を軽くしようかなと、思いました。